ひさびさの鈍器本。
617ページ!
ぶ厚い!重い!
直木賞候補作に選ばれる前から読みはじめ、直木賞発表の前ギリギリに読了。
(芥川賞直木賞発表は1月19日の予定。読み終わったのは2023/01/13)
他の候補作は未読だけど、受賞するかもね……
そのくらい、なんていうかもう、凄かった。
前半は登場人物がコロコロ変わるし場面もかわるし、中国の地名や人名が難しいし、言葉も難解だし、物語の方向性もわからなくて何度も挫折しかけた。
行軍が辛いのは、終わりが見えぬことである。どこに向かっているのか、いつまで歩くのかがわからない。敵の姿はおろか、民の姿すら見えず、壮大な徒労をしている錯覚に陥ってくる。
敵中行軍するさなかのある人物の吐露だが、まさにそんな気分。
目的地がわからないまま読み進めるには、あまりにも厚い本だった。
ページをおさえる左手も、めくる右手も、終着が見えない行軍に惓む日々だった。
主人公が誰で、何を目指しているのか。
この本のテーマはなんなのか?
主人公だと思っていた人物は142ページで退場した。
主人公じゃなかったのか。
特務を得て中国に潜入した男の冒険譚か歴史スパイ小説なのか?と思っていたけれど、どうも違うようだ。
そしてあらわれた孫悟空。
(オッス!オラ悟空!じゃなくて西遊記の方と同名の別人)
サイヤ人じゃないけど香港映画みたいなとんでもない武術の修行をして“熱”を我がものにした。
タイトルの『地図と拳』の拳はこの孫悟空の武力なのか?
めまぐるしく時が流れ、舞台も人も大量にあらわれては消え、再びあらわれ、濁流の大河に揉まれるように読み進めていく。
そして気づいた。
タイトルの通りだった。
これは『地図と拳』の物語なのだ。
仙境、李家鎮(リージャジェン)。
中国の東北、満州の架空都市。
ひとつの街の興亡によって、中国が清から中華民国中華人民共和国になっていくこと、日本が日露戦争から太平洋戦争へとなだれ込むことが、さまざまな側面から描かれていく。
戦争(拳)で地図は書き換えられる。
しかし地図は国境線だけではない。
等高線、植生、資源、地名、建築物。
土地があり、自然があり、住む人がいる。
生活があり、記憶がある。
雑草ばかりの荒野が、切り拓かれて住宅や線路や道路ができ、人が来て、ダンスをしたり、殺しあったり、焼き打ちしたりする。
丸メガネの細川が須野と関わるようになった頃から面白くなってきた。須野は地図作りの男で、細川は物語の羅針盤のような男。この2人の登場で視界が開けた。
いくつかの謎も提示された。
共産党員Kは誰なのか?
青龍島とは存在するのか?誰が描いたのか?
(謎はちゃんと明かされる。スッキリ!)
そして、須野の息子、時間と気温湿度の計れる明男(アケオ)が活躍しはじめ、ぐんと面白くなった。
孫悟空の娘、丞琳(チョンリン)との邂逅もよい。
父子のふしぎな愛憎と“熱”の力。
そして“千里眼”
李大綱(リーダーガン)の未来を見通す力。
超能力のようなふしぎな力が、歴史的な重苦しさを少し軽やかにしてくれている。
理知的な分析や理に適った行いと、無分別な感情の爆発。
冷静に機械的判断して導きだされる正解は「実」なら感情やメンツや魂は「花」。
人間はときとして、というより、いつも、損得や正解よりも「花」で結論を出し、痛みや飢えといった現実に直面して「実」に気づくのかもしれない。
好きなシーンは愛国の旋律を奏でるところ
休憩中に放屁した男が「反動的である」として隊長に殴られた。同じ男が次に放屁したとき、「これは屁ではありません」と敬礼した。「愛国の旋律であります」
次は「嘘と正典』か『君のクイズ』
どっちを先に読もうかな。